青島史蹟保存会「東海道一里塚蹟」

青島史蹟保存会「東海道一里塚蹟」

青島史蹟保存会「東海道一里塚蹟」

青島史蹟保存会「東海道一里塚蹟」、石碑

石碑

青島史蹟保存会「東海道一里塚蹟」、説明看板

説明看板

碑の内容
  • 石碑の表題は「東海道一里塚蹟、江戸より五十里」。山岸紀弥の書。
  • 説明看板の表題は「(1) 志太一里塚蹟」。街道と一里塚の説明と、藤枝市内の一里塚の情報が記されている。
  • 志太の一里塚は、江戸時代の東海道に築かれたもので、江戸から50里目(約200km)にあたる。街道を挟んで2つ、今の熊切商店の前と岡野歯科医院の裏にあった。
解説

瀬戸川勝草橋の志太側たもとに、秋葉神社の常夜灯などと並んで建っています。

一里塚とは、大きな道路沿いに1里(約4km)ごとに目印として置かれた塚です。志太の一里塚は江戸時代の東海道沿いに築かれたもので、『青島町誌』によると明治10年(1877年)ごろまでは残っていたとのこと。その後宅地となって跡形もなくなり、跡地に目印が建てられていたそうです。

江戸時代の東海道は、現在の勝草橋付近で瀬戸川を渡っていました。東は川を渡ってすぐの藤枝宿を通り岡部宿へ、西は青木・瀬戸新屋を通って島田宿へと向かいます。

参考文献
静岡県志太郡役所編『静岡県志太郡誌』1916年(国立国会図書館デジタル化資料
静岡県志太郡青島町編『青島町誌』1930年(近代デジタルライブラリー