青島史蹟保存会「岡野繁蔵出生地」

岡野繁蔵出生地

岡野繁蔵出生地

岡野繁蔵出生地、説明看板

説明看板

岡野繁蔵出生地、周辺

周辺

碑の内容
  • 石碑の表題は「岡野繁蔵出生地」。小林治助による発願、丘野巓麗の書。
  • 説明看板の表題は「(4) 岡野繁蔵(一八九四~一九七五)」。明治27年(1894年)この地に生まれ、“裸一貫から南洋のデパート王”となった岡野繁蔵の略歴が記されている。
解説

岡野繁蔵は、明治27年(1894年)、当時は志太郡青島村南新屋といったこの碑が建つ地に生まれました。まだ20歳になったばかりの大正初期からオランダ領東インド(現・インドネシア)に渡り、雑貨貿易と百貨店経営にたずさわりました。そして、『青島町誌』によれば、わずか36歳にして「南洋の貿易王」と称されるに至ったといいます。

その後、太平洋戦争の激化で日本本土に引き揚げることになりましたが、戦後は衆議院議員やカレー店経営など様々に活躍していたようです。説明看板によると、“希望に起き、感謝に眠れ”が信条で、“国や郷土の為に貢献された”人生だったそうです。昭和50年(1975年)、81歳で亡くなりました。

参考文献
静岡県志太郡青島町編『青島町誌』1930年(近代デジタルライブラリー
神戸大学附属図書館 デジタルアーカイブ 【 新聞記事文庫 】(「 岡野繁蔵 」で検索)
岡野繁蔵 | 衆議院議員 | 国会議員白書
瀬戸川流域の歴史:郷土の先駆者達
志太そこ知り物語【むるぶWeb】:南洋の貿易王・岡野繁藏(2011/08 掲載分)(リンク先に記事が見つからない場合は、ページ下部のナビゲーションから「4」以降のページに進んで探してください)
南洋で百貨店を開くまでの夫婦奮闘記!岡野繁蔵氏の記録 - 「老人タイムス」私説
岡野薫子,『太平洋戦争下の学校生活』,平凡社, 2000 - 東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル
文学横浜の会:エッセー 城井友治「風の便り」74
447話 映像がもつ力   ―活字中毒患者のアジア旅行 - アジア雑語林

最終更新:2014年5月3日 ページ作成:2014年5月3日