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志太の石碑・石仏めぐり

前島2丁目の西國川中嶋八兵衛と雨地蔵

雨乞い祈願の地蔵とともに堂に安置された八兵衛さん

西國川中嶋八兵衛と雨地蔵

西國川中嶋八兵衛と雨地蔵

西國川中嶋八兵衛と雨地蔵、八兵衛碑

八兵衛碑

西國川中嶋八兵衛と雨地蔵、庚申供養塔

庚申供養塔

西國川中嶋八兵衛と雨地蔵、雨地蔵

雨地蔵

碑の内容

碑表
慶應元丑年
西國川中嶋八兵衛
七月十五日

解説

青島第一自治会館の敷地内に小堂が二つ並んで建っていて、その片方に地蔵立像と宝暦9年(1759年)7月建立の庚申供養塔とともに川中島八兵衛の碑が祀られています。もう一つの堂は秋葉神社と津島神社を祀っているようです。

『青島の野仏』によると、一緒に祀られている3体の石仏は、区画整理以前は現在から西へ200mほどの民家のそばに安置されていたそうです。旧地付近は宅地化される以前には田んぼでした。

八兵衛碑とともに祀られている地蔵立像は、雨乞い祈願の「雨地蔵」です。『青島の野仏』によると、雨地蔵が作られたのは文久2年(1862年)頃。由来は諸説あり、行き倒れの旅の僧を供養したもので僧が亡くなった日が雨降りだったとか、あるいは流行り病の死者を供養したものなどとも伝わっているそうです。いずれにせよ、農業を行う上で非常に重要だった雨にまつわる願いを込めた地蔵だったのでしょう。戦前は8月24日に地区の青年団が主催する供養祭が行われ、年寄りがお経を読んでいたそうです。

参考文献

  • 藤枝市立青島南公民館編『平成14年度第12回南風まつり展示 青島の野仏』2003年