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志太の石碑・石仏めぐり

石津浜の紀伊國川中島ノ八郎兵エ

かつてはお盆に盛大な縁日が開かれたという八兵衛さん

紀伊國川中島ノ八郎兵エ

石津浜の紀伊國川中島ノ八郎兵エ

紀伊國川中島ノ八郎兵エ、銘

紀伊國川中島ノ八郎兵エ、波除地蔵と無録万霊塔

隣に並ぶ地蔵と無録万霊塔

碑の内容

紀伊國川中島ノ
八郎兵エ
ここ尓まつりて
おがむ人々
二代碑明治卅五年七月 建立
初代世話人吉田利助、二代丸山松治郎[ほか3名]、老女中

解説

石津の海岸沿いの集落の中ほどにあるお堂の裏に、地蔵座像と「無録万霊塔」とともに並んで祀られています。

『小川町誌』によると、ここの八兵衛碑の初代は文久年間に建てたもので、現在の二代碑は老朽化した初代を埋めた上に建立したとのこと。銘の初代世話人・二代云々というのは、それぞれ初代碑の建立者、二代碑の建立者ということのようです。初代が建立された文久年間を文久元年(1861年)と考えると、二代の建立はその41年後になりますので、もしかしたら初代世話人のかたもまだご存命だったかもしれません。

『静岡県史』にここの八兵衛の供養祭「縁日」の様子と、そのときに唱えられる御詠歌の歌詞が記録されています。それによると、八兵衛碑の前のお堂は「八兵衛さんのお堂」といい、8月15日にこのお堂の中で地区の年配女性たちが御詠歌を唱えて供養します。この御詠歌をよむ年配女性たちが碑に刻まれた「老女中」でしょう。また、「ここ尓まつりておがむ人々」は御詠歌の一番の歌詞です。

ここの八兵衛の御利益は流行病除けや子供の夏病除けとされ、かつては縁日で子供に赤飯が振舞われたり病除けの御利益があるという団子が配布されたりしたそうです。戦前は夜店が出るような大変な賑わいの祭だったといい、『焼津市史』によれば周辺の村々にも知られるほどだったといいます。

『民俗大井川』には、石津浜の古老の言として、八兵衛は路傍の松の根元に行き倒れた六部さんだという話がおさめられています。もっとも、同書で「リアリティに乏しい」と言及されていることからすると、これが石津浜でよく知られた話というわけではなかったようです。のちに『静岡県史』が行なった調査ではこの話は記録されていません。また、『静岡県史』によると、同じ石津でも岡(不岩院の紀伊國川中島八郎兵衛)では八兵衛は薬売りとされているのですが、こちらの話は石津浜では聞かれません。

ところで、八兵衛碑や地蔵が置かれている場所には屋根がありません。お堂があるのだから神仏も堂内におさめてもよいようにも思えますが、わざわざ戸外に置いてあるということは、なにかそうしたほうがよい理由があるのかもしれません。同様の例として、『川中島八兵衛見聞の記』によれば、島田市内では理由は不明ながら、八兵衛碑は隣に地蔵堂があったとしても野天にさらされていることが多いそうです。

なお、同所で祀られている地蔵座像は、台座に文久元年(1861年)の年号と台石の施主が三輪村(現藤枝市岡部町三輪)の人である旨が刻まれており、『石津の民俗』によるとこれは波除地蔵とのこと。初代八兵衛碑の建立も文久年間とされているわけですが、このころになにか神仏を祀りたくなるような出来事があったのでしょうか。「無録万霊塔」はどうやら無縁万霊塔であるらしく、同じく『石津の民俗』によるとこれは八兵衛の世話人としても名を連ねている丸山松治郎が明治9年(1876年)に建立したものとのことです。

また、『石津の民俗』には、海岸に海亀の死体が打ち上げられたとき、この八兵衛碑の近くに埋めてやったという話が紹介されています。『浜当目の民俗』によると海亀を大事にすると豊漁になるといわれ、漁師たちは海亀を丁重に扱いました。石津でも同様の信仰があったようで、『石津の民俗』によれば海亀は八兵衛さんといっしょに祀っているから食べないなどといったそうです。

このようにこの場所に神仏が集められているところからすると、ここは神聖な場所として扱われていたのかなとも思うのですが、そもそもここは石津浜の中心地区でもあったようです。『石津の民俗』によれば、八兵衛碑の背後を通る道は「中の道」という浜集落の中央通りだったのだそうで、単純に往来の便のよさからここにまとめて祀ったのかもしれません。

参考文献

  • 川村辰己『川中島八兵衛見聞の記』1991年
  • 静岡県編『静岡県史』資料編24民俗2、1993年
  • 静岡県教育委員会文化課県史編さん室編『静岡県史民俗調査報告書第十八集 石津の民俗-焼津市-』静岡県、1993年
  • 町誌編集部編『小川町誌』小川町役場、1954年
  • 長谷川一孝「川中嶋八兵衛」『民俗大井川』第1号、大井川民俗の会、1973年
  • 焼津市史編さん委員会編『焼津市史』民俗編、2007年
  • 焼津市総務部市史編さん室編『焼津市史民俗調査報告書第二集 浜当目の民俗』2003年