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志太の石碑・石仏めぐり

与左衛門の紀伊國川中島小長谷八兵衛と紀ノ国屋文左衛門之碑

となりに紀伊国屋文左衛門の顕彰碑?が並んでいます

紀伊國川中島小長谷八兵衛

紀伊國川中島小長谷八兵衛

与左衛門の紀伊國川中島小長谷八兵衛と紀ノ国屋文左衛門之碑

八兵衛碑と紀ノ国屋文左衛門之碑

与左衛門の紀伊國川中島小長谷八兵衛

八兵衛碑の銘

与左衛門共同墓地

与左衛門川と共同墓地

与左衛門共同墓地沿革の碑

与左衛門共同墓地沿革の碑

碑の内容

紀伊國
川中島
小長谷八兵衛
明治丗一年旧七月十五日
講中安全
台座の銘板
西国八兵衛之碑

解説

碑が設置されている台の前面に「西国八兵衛之碑」と刻まれた銘板があります。墓地内に建つ与左衛門共同墓地沿革の碑によると、この銘板は平成23年(2011年)に墓地整理をしたさいに設置されたもののようです。碑と銘板とで刻まれた文言が一致していないのはなぜでしょうか。この周辺(藤枝市高洲地区)では「西国川中島八兵衛」と刻んだ碑が多く見られ[1]、もしかしたら与左衛門でも普段は西国八兵衛さんと呼びならわしていたのかもしれません。

八兵衛碑の隣に「紀ノ国屋文左衛門之碑」と刻まれた碑が並んでいます。平成23年8月再建とのことで、先に述べた墓地整理のさいに老朽化したものを新しく立て直したのでしょう。とくに説明などはないので、なぜこの碑がここにあるのかは不明です。紀伊国屋文左衛門といえば、志太地域では木屋川で材木の流送を行なった人として知られています[2]。ここは木屋川の近くですので、その関係で建立された顕彰碑のようなものなのかなぁと想像しました。

なお、木屋川は、共同墓地から県道を300mほど南下したところを流れています。墓地北側沿いを流れている小川は木屋川の支流で、ここに架っている県道33号の橋の名が与左エ門川橋なので、おそらく与左衛門川というようです。

脚注

  1. 兵太夫上の西國川中嶋八兵エ様」(藤枝市高岡)、「兵太夫南の西國川中嶋八兵エ様」(藤枝市高洲)など。
  2. 静岡県志太郡役所編『静岡県志太郡誌』1916年、p.14(国立国会図書館デジタルコレクション